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千葉地方裁判所 昭和58年(ワ)298号 判決 1987年1月28日

原告 佐藤健二

被告 日本国有鉄道

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  主位的請求

1  請求の趣旨

(一) 原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

(二) 被告は原告に対し昭和五八年一月一日以降毎月二〇日限り金二五万三六〇〇円を支払え。

(三) 訴訟費用は被告の負担とする。

(四) 第(二)項につき仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 本案前の答弁

(1) 請求の趣旨第(一)項の訴えを却下する。

(2) 右訴えに関する訴訟費用は原告の負担とする。

(二) 本案の答弁

(1) 原告の請求をいずれも棄却する。

(2) 訴訟費用は原告の負担とする。

二  予備的請求(追加的訴えの変更)

1  請求の趣旨

(一) 被告は原告に対し金八一八万一六八九円及びこれに対する昭和五七年一二月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 第(一)項につき仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 本案前の答弁

(1) 訴え変更の申立てを却下する。

(2) 訴訟費用は原告の負担とする。

(二) 本案の答弁

(1) 原告の請求を棄却する。

(2) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  主位的請求関係

1  請求原因

(一) 被告(以下「国鉄」ということがある。)は、日本国有鉄道法(以下「日鉄法」という。)に基づいて設立された公共企業体であり、原告は、昭和二八年四月一日被告に雇用され、被告の職員たる地位を取得した。

(二) 被告は、昭和五七年一二月二〇日以降、原告が被告の職員たる地位を失つたものとして取り扱つている。

(三) 原告は、昭和五七年一二月二〇日当時、被告の大宮工場新小岩車輛センターの工作検査係の職にあつて、月額金二五万三六〇〇円の賃金を受けていた。

よつて、原告は被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と、昭和五八年一月一日以降毎月二〇日限り金二五万三六〇〇円の未払賃金の支払を求める。

2  本案前の答弁の理由

(一) 原告は、昭和五七年一二月一九日実施された八千代市議会議員の選挙に立候補の届出をし、同年一二月二〇日八千代市選挙管理委員会から当選人決定の告知を受けた。

(二) 日鉄法二六条二項、二〇条一号は、被告職員は、被告総裁の承認を得たものでない限り、市(特別区を含む。以下同じ。)町村議会の議員を兼ねて職員であることができない旨規定しているところ、原告は、(一)記載の当選の告知の際被告総裁の承認を得たものでなかつたから、法律上市議会議員を兼ねて被告職員であることができないものであつた。公職選挙法(昭和五七年法律第八一号による改正後のもの。以下「公選法」という。)一〇三条一項は、「当選人で、法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員又は長と兼ねることができない職に在る者が、第一〇一条第二項(当選人決定の告知)又は第一〇一条の二第二項(名簿届出政党等に係る当選人の数及び当選人の決定の告知)の規定により当選の告知を受けたときは、その告知を受けた日にその職を辞したものとみなす。」と規定しているから、原告は、(一)記載の当選の告知を受けた日に被告職員を辞したものとみなされることとなつたものである。

(三) 原告の右辞職は、法律の規定によつて生じたものであり、法律によつてみなされた事項については反証の余地がなく、みなされた効果は絶対的に発生するものであつて、法律上これを覆す手段はおよそ存在しないのであるから、右効果を否定し、原告の被告職員たる地位がなお存在することを求める請求は、裁判上実現不能な事項を求めるものであつて不適法であり、これを却下すべきである。

3  請求原因に対する認否

全部認める。

4  抗弁

本案前の答弁の理由(一)、(二)記載のとおり

5  抗弁に対する認否

原告が、昭和五七年一二月一九日実施された八千代市議会議員の選挙に立候補の届出をし、同年一二月二〇日八千代市選挙管理委員会から当選人決定の告知を受けたこと並びに日鉄法二六条二項(二〇条一号)及び公選法一〇三条一項に被告主張の規定が置かれていることは認めるが、その余は争う。

6  原告の主張

(一) 公選法一〇三条一項による失職の効果

公選法一〇三条一項は、兼職を禁止される議員等の範囲が法律上明確であつて兼職が無条件に禁止されている場合を前提とするものであつて、日鉄法二六条二項但書該当の場合においては、当選の告知を受けた後であつても総裁の承認がなされれば職を失わないことが明らかであるから、この場合における公選法一〇三条一項による失職の効果は、当選の告知を受けた被告職員からの兼職の申出に対する被告総裁の適法な不承認があつて初めて生ずる、つまり、適法な不承認を停止条件として発生すると解すべきである。

(1) 労働基準法(以下「労基法」という。)七条の趣旨

労基法七条は、「使用者は、労働者が労働時間中に選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、拒んではならない。但し、権利の行使又は公の職務の執行に妨げがない限り、請求された時刻を変更することができる。」と定めている。同条は、主権在民主義、民主主義を宣言し、できる限り広く、かつ平等に国民の参政権を保障しようとする憲法の基本理念を体して設けられたものであつて、労基法の諸規定の中でも労働憲章的な意義を有するといわれている。しかして、国又は地方公共団体の議会の議員の職に就くことが、右労基法七条の「公の職務の執行」に含まれることはいうまでもなく、また、労働者が公職に就いたことを理由に使用者から雇用関係を解消することは、実質において公職の執行を拒否するに等しいから原則として許されず、例外的に当該公職の執行が使用者の業務に著しい支障を生ずる場合に限り同条に違反しないと解する余地があるにとどまる。

(2) 被告職員の地位(日鉄法二六条二項の改正趣旨)

国鉄その他の公共企業体とその職員の関係は、私的労働契約関係とされ労基法の適用のあることはいうまでもない。また、公共企業体の少なくとも一般の職員については、公務員のような政治的行為に対する厳格な制限はなく、したがつて、これに基づき一般的に議員との兼職を禁止すべき根拠も格別存在しない。

日鉄法は、昭和二九年一二月の改正以前は、少なくとも町村議会議員との兼職は無条件に認めていたのであるが、右改正により、市議会議員についても兼職禁止を緩和する措置をとるのと引換えに、兼職の可否を総裁の承認にかかわらしめるという現行法二六条二項但書が付加されるにいたつた。右改正法案の審議経過等を見ても、総裁の承認という条件を付した理由は、国鉄業務の性質上、当該職員の地位ないし職務内容によつては議員兼職が業務に支障をきたす場合もありうるとの懸念に尽きるのであつて、業務上支障のない場合には総裁は兼職を承認すべきであることが当然の前提とされていたことは明白である。

(3) 日鉄法二六条二項の文理解釈

日鉄法二六条二項但書が「市町村の議会の議員である者」との表現を用い、「議員となる者」とはしていないことから、右但書自体当選の告知により議員の地位を取得した後、つまり、「議員である者」となつてから、次いで被告総裁の承認を受けるという手順を踏むことを予定していると解される。そもそも、当選の告知があるまでは議員としての地位を取得するかどうか法律的には全くの浮動状態にあるから、論理的にも、また実態上も時系列的には承認は当選の告知後とならざるをえない。

当選告知日現在被告総裁の承認のない限り絶対的に失職の効果が生ずるとする被告の見解(以下「自動失職説」という。)をとれば、当選の告知により日鉄法二六条二項但書の「議員である者」となると同時に、公選法一〇三条一項の「みなし辞職」の効果が発生し、右但書による被告総裁の承認の余地は一切失われてしまうこととなり、極度に不合理である。また、公選法一〇三条二項の繰上補充当選の場合の議員等の身分の取得時期について、仮に、従前の職を辞した旨の届出をするまでは議員ではなく、届出をまつて議員としての資格を取得するとの見解によるとすれば、国鉄職員が市町村議会の「議員である者」となつたときは、既に国鉄職員を辞職していなければならず、被告総裁の兼職承認を得る余地はないという同法一〇三条一項の場合と同様の矛盾に陥ることになる。

したがつて、かかる不合理を避けるべく、日鉄法二六条二項の文理と実態とを併せ考えれば、当選の告知後も被告総裁の承認を求めている間は職員の身分を失わず、承認しないことが明らかとなつて、つまり、不承認の意思表示があつて初めて日鉄法二六条二項及び公選法一〇三条一項による失職の効果が生ずると解する以外にはない。そのように解しないと、総裁が恣意的に何らの意思表示をせずに放置するだけで、議員に当選した職員を失職せしめることになる。

(4) 公選法の立場

(イ) 議員と職員との地位の併存

公選法一〇三条二項は、当選人の更正決定や繰上補充等の場合に、当選人と定められた者が議員等との兼職禁止の職にあるときは「前項の規定にかかわらず、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会(略)にその告知を受けた日から五日以内にその職を辞した旨の届出をしないときは、その当選を失う。」と定め、一定期間は議員と職員との地位の併存を認めている。公選法自身、公務等の政治的中立性確保等の公序的要請から兼職の禁止されている職についてさえ、地位の併存は一瞬たりとも許されないとの考え方は採つていないのである。

(ロ) 繰上補充当選(公選法一〇三条二項)の場合

自動失職説によつても、国鉄職員であつて市町村議会議員の選挙に関して繰上補充の当選の告知を受けた者は、繰上補充の当選の告知を受けてから五日以内に被告総裁の承認を得れば、法律による兼職の禁止が解除されたことになり、辞職届出をしなくとも当選を失わないとの結論になると思われる。そうだとすれば、ことは当選の効力にかかわる問題である以上、被告総裁の承認のあつたことを明瞭に確認する手段を定めておく必要があるにもかかわらず、公選法一〇三条二項がこの点について何らの規定もおいていないのは、立法者が日鉄法二六条二項但書のケースに対する同条の適用をおよそ予定していないことを端的に示すものである。

(ハ) 公選法一〇三条一項の法意

公選法一〇三条一項は、候補者の中に自分がどのような職に就いているか、あるいはその中でどれが兼職禁止に該当するか気がつかないまま、うつかりして当選を失うようなものがあつては気の毒であるとの配慮に基づく規定であり、同時に、立候補する以上は両立しえない他の職を辞しても当選人となることの方を選ぶ意思であるのが通常であるとの経験則を前提としているといえる。しかし、国鉄職員のように被告総裁の承認があることを期待し、あるいは承認すべきであるとの考えに基づいて候補者となつた場合には、右の経験則が必ずしも当てはまらないことは明らかである。

(5) 自動失職説の不合理性

(イ) 民間労働者との不合理な差別

民間企業の従業員、とりわけ国鉄と同様の鉄道輸送業務を担当する私鉄労働者を例にとれば、地方議員への就任ということだけを理由として、その労働者を無給の休職処分とすることも違法であり、いわんや業務支障の有無について慎重な検討も経ずに解雇することなどはとうてい許されないのである。これに対し、仮に、日鉄法二六条二項につき自動失職説をとつたとすれば、国鉄職員は、単に地方議員に就任したというだけで他に何らの理由なくして失職(解雇予告手当を要しないだけ解雇以上に労働者にとつて不利益である。)せしめられても、それを争い是正せしめる手段を全く奪われてしまうこととなる。両者の不均衡は余りにも著しく、まさに不合理な差別といわなければならない。

(ロ) 他公社職員との不合理な差別

日本専売公社職員については、日本専売公社法上、地方議会議員はもとより国会議員との兼職も禁止されておらず、日本電信電話公社職員の場合は、町村はもとより市議会議員まで法律上の兼職禁止の範囲から除外されているが、議員活動のため使用者への労務の提供が著しく阻害されるようであれば、使用者である公社としては、就業規則等に基づき雇用契約上然るべき措置(私企業の場合と同様に休職、更に極端なケースについては解雇)をとることは不可能ではない。これに対し、自動失職説を仮にとつたとすれば、国鉄職員は、日鉄法改正前は就任を妨げなかつた町村議会議員との兼職さえも、被告総裁の胸三寸により失職という刑罰にたとえれば死刑に等しい制裁にさらされることになる。これを右に述べた他公社職員の地位と比較すれば、その不平等は明らかであり、三公社の事業の性質の差異を考慮したとしても余りにも極端な不合理な差別といわざるをえない。

(ハ) 承認制を採用したこととの矛盾

日鉄法二六条二項が被告総裁による承認制を導入したこと自体、当然のことながら承認をなすべき場合のあることを前提としている。そもそも、ある事項を当事者の一方の承認にかかわらしめている場合に、少なくともそれが相手方の法的地位に重大な影響を及ぼすものである限りは、およそ恣意による承認の拒否は許されず、その違反に対しては相手方にこれを争い自らの法的地位を回復する機会を与えるのが衡平の原則であり、法における常識というべきである。一定の時期以降は兼職を一切承認しないとする措置は、一律禁止法制への逆行であり、改正法が採用した承認制と本質的に相容れないことは明白であつて、このような一律禁止を可能にさせ許容する自動失職説は承認制自体を崩壊せしめるものである。

(6) 被告の従来の解釈・運用

被告職員であつて市町村議会議員である者に関する限り、被告自ら日鉄法二六条二項の規定を「総裁が不承認としたときは職を失う。」(併せて公選法一〇三条一項により「その職を辞したものとみな」される。)との趣旨に解して今日まで長年月の間その運用を行つてきたものである。

(イ) 被告の昭和三九年一二月一〇日総秘達第三号「公職との兼職基準規程」(以下「兼職基準規程」という。)は、市町村議会以外の議員について、

第四条 議員が公職(市町村の議会の議員を除く。)の候補者に立候補し、法第一〇一条第二項の規定により当選の告知を受けたときは、兼職することはできないものとする。法第九六条、第九七条又は第一一二条の規定により当選人と定められた場合も同様とする。

2 前項前段の場合は、告知を受けた日をもつて、退職したものとみなす。

3 所属長は、第一項後段の場合は、退職する旨を申し出た日をもつて退職の発令をしなければならない。

と定めているのに対し、市町村議会議員に関しては、

第五条 市町村の議会の議員に当選した職員のうち、兼職を希望する者は、直ちに所属長に兼職の承認願(別表第二)を提出し、その承認を受けなければならない。

第六条 前条に規定する承認願の提出を受けた所属長は、現場長その他これに準ずる一人一職の職にある者又は、業務遂行に著しい支障があると認めたときは、その承認をしてはならない。

とし、当選の告知によつて当然に失職したものとは扱わず、むしろ当選後直ちに承認願を提出させ、第六条の事由の有無を審査して承認の可否を決するという手続を規定している。

(ロ) 被告の公定的解釈を示したとみられる日本国有鉄道法研究会(日本国有鉄道総裁室法務課内)「日本国有鉄道法解説」(以下「日鉄法解説」という。)九八頁もまた「市(区)町村議会の議員については、当選の告知をもつて、当然失職とならず、総裁が兼職の申し出を不承認したためとか、あるいは、その他の理由で本人の退職の申し出により、退職の発令をしてはじめて失職するものと解される。」と述べている。

(ハ) 日鉄法二六条二項但書の関係においては、被告の兼職基準規程上も当選の告知後に承認願を提出せしめて承認・不承認を決することを定めていることは前述のとおりであるが、実際上、右による兼職承認の決定は当選の告知から早くて一週間ないし一か月を要している。とりわけ、昭和五一年四月七日総裁室秘書課長事務連絡(甲第六号証)が発せられて以後は、承認可否について右秘書課長との事前合議のうえ決定することとなつたため、決定が承認申請から数か月後という例も決して稀ではない(甲第七号証はその一例である。)。それにもかかわらず、その間、当選した職員を失職扱いとした例は全くない。他方、公選法一〇三条の運用をみても、過去に、国鉄職員であつて市町村議会議員に繰上補充により当選した者が、選挙管理委員会から辞職届出あるいは兼職についての承認書等の書面を要求されることなく、したがつて、これらを提出することもなく、議員の資格を取得し、兼職議員として活動してきた実例がある(甲第八号証はその一例である。)。

(二) 不承認の違法性

(1) 昭和五七年一二月一九日実施された八千代市議会議員の選挙に原告が立候補の届出をしたところ、被告は、被告の大宮工場新小岩車輛センター所長名による同年一二月一四日付文書をもつて、原告に対し、議員兼職を承認しない旨の通知を発すると共に、原告が右選挙において当選人となり、同年一二月二〇日八千代市選挙管理委員会から当選人決定の告知を受けた後、すみやかに右議員との兼職の承認願を大宮工場長宛提出したにもかかわらず、被告はその受領を拒否し、もつて原告に対し八千代市議会議員との兼職を承認しない(以下、これを「本件兼職不承認」という。)。

(2) 被告総裁の承認・不承認の基準

前記の憲法の基本原則、労基法七条の規定及び現行日鉄法二六条二項の立法趣旨に鑑みれば、被告総裁は、議員兼職の承認・不承認の決定に際しては、当該職員の地位や担当業務の実態、公職執行のために必要な時間等を具体的に検討したうえ、右兼職が業務の遂行に著しい支障があると認められる場合を除いてはこれを承認しなければならないのであつて、右のような具体的検討を全くすることなく一律機械的に兼職の承認を拒否し、あるいは業務上の支障が認められないか若しくはその程度が重大ではなく労働関係の維持を困難ならしめるに至らない場合であるにもかかわらず不承認とすることは、明らかに違法といわなければならない。

(3) 本件兼職不承認の違法性

(イ) 原告に対する本件兼職不承認については、「昭和五七年一一月一日以降、新たに又は改選により、公職の議席を得た者に対しては兼職の承認を行わない。」との一般的方針(昭和五七年九月一三日総秘達第六六六号「公職との兼職に係る取扱いについて」)に基づき、当該議員としての公務の執行が被告の職員としての業務遂行上支障をきたすと否とに一切かかわりなく、一律機械的になされたことにおいて、違法たるを免れない。

(ロ) 原告は、過去二回、八千代市議会議員選挙に立候補して当選し、日鉄法二六条二項但書による被告総裁の承認を受けて左記の期間右議会議員を兼職してきた。

(選挙)            (任期)

昭和四九年一二月二二日 昭和五〇年一月一五日~昭和五四年一月一四日

昭和五三年一二月一七日 昭和五四年一月一五日~昭和五八年一月一四日

その間、被告総裁は業務遂行に著しい支障があるとは認められないとして兼職を承認してきたし、公務を理由とする欠勤が頻回にわたるなど業務支障があつた場合には、所属長は勤務の改善を求めるものとし、改善の実があがらないときは承認期間を更新しない取扱いとされていたところ、原告はかつて右改善要求を受けたことも全くなかつた。原告の大宮工場新小岩車輛センター工作係としての担当業務、勤務実態及び議会議員としての公務に要する日数、時間等からして、過去において国鉄業務に格別の支障を生じたことはなく、また、今後ともその虞は認められないのであり、この点においても本件兼職不承認は違法である。

(ハ) 前記の兼職基準規程は、労働契約の内容にかかわる性格の規程であるから、労基法八九条にいう就業規則に実質的には該当することになり(もともと国鉄においては、労働条件にかかわる数多い規程や通達の類を就業規則に相当するものとして取り扱つている。)、右兼職基準規程五条、六条からして「市(区)町村議会の議員に当選した職員は、当選後に被告総裁の承認を求めれば足り、承認願に対して不承認の決定があるまでは職員の身分を失わず、かつ、業務遂行に著しい支障があると認められるか否かを承認、不承認の判断基準とする。」とのルールが実質的な就業規則の内容、ひいては労働契約の内容と化していることは明らかである。兼職基準規程六条は不承認事由のみを掲記するという体裁をとつてはいるが、同条所定の不承認事由のない限り承認をなすことが長年月間にわたる確固不動の慣例として定立をみていた事実からしても、業務遂行に著しい支障があると認めた場合を除き、使用者として兼職を承認すべき義務を併せ伴うものであり、本件兼職不承認は、原・被告間の労働契約条件違反という点において、違法、無効である。

(三) 以上のとおりで、日鉄法二六条二項但書の規定に該当する原告の場合は、公選法一〇三条一項による失職の効果は、被告総裁の適法な不承認を停止条件としてのみ発生するものであるところ、本件兼職不承認は違法、無効であるから、原告は被告職員としての地位を失つていないのである(なお、原告としては、被告総裁の承認があつた旨ないしその承認があつたと同様の場合であるとの趣旨の主張は、しない。)。

7  原告の主張に対する認否及び被告の反論

(一) 原告の主張(一)(公選法一〇三条一項による失職の効果)について

本件は明らかに公選法一〇三条及び日鉄法二六条二項が適用される場合であるので、これらの規定からすれば、被告職員は、被告総裁の承認がない限り、市町村議会の議員に当選した旨の告知を受けたときは、法律上当然にその告知を受けた日にその職を辞したものとみなされる効果が発生するのであり、右効果を発生させるにつき被告の何らの行為を要するものではない。

(1) (労基法七条の趣旨)

労基法七条に原告主張の規定があることは認めるが、その主張は争う。

(2) (被告職員の地位)

被告職員に労基法の適用があること及び昭和二九年一二月第二〇回国会における日鉄法改正により市町村議会の議員の兼職については被告総裁の承認を必要とするという現行法二六条二項但書のとおりの規定が設けられたことは認めるが、その主張は争う。

(3) (日鉄法二六条二項の文理解釈)

日鉄法二六条二項但書は、被告職員の欠格条項につき、市町村議会の議員である者は職員であることはできないという原則に対して、被告総裁の承認を得た者はこの限りでないとする例外を規定したものにすぎず、右但書の「市町村の議会の議員である者で総裁の承認を得たもの」との表現をもつて、議員となる者は議員となつた後に被告総裁の承認を得るという手順を踏むべきことを意味していると読むのは、条文にその本来有する意味以上のものを持ち込もうとするものである。また、職員は当選の告知があるまでは議員ではないのであるが、だからといつて承認が当選の告知ないし告示後とならざるをえないということにはならない。けだし、承認はあらかじめ条件付で与えておくことも可能であるからである。

原告の指摘する矛盾撞着は、議員となつた後、日を経て被告総裁の承認がなされるとの前提に立つてのものであるが、被告総裁の承認は事前に条件付で与えられていたのであるから、右矛盾撞着は解決される。このことは、何ら例外規定を設けていない公選法一〇三条の規定と日鉄法二六条二項の規定とが併存することを前提に、これを整合的かつ合理的に解釈しようとする以上当然の事柄である。

(4) (公選法の立場)

(イ) (議員と職員との地位の併存)

公選法は、議員に当選した者が法律上禁止された兼職をしているということは、職員としての職務専念の点からも、かかる状態が違法であることからも一瞬たりともこれが許されるべきでないという立場から、議員等の地位と兼職を禁じられている職員たる地位との併存を認めていないのであつて、同法一〇三条一項は、当選人が兼職を禁止された職にありながら立候補した以上は併存しえない両職のうち議員の職を選択するのが一般であろうと考えられることから、当選人の意思如何にかかわらず当選の告知の日に一律に従前の職を失わせるものとし、同条二項は、同条項により五日以内に従前の職を辞した旨の届出をしない限り当選そのものを失い議員たりえないとともに、かかる届出をするまでは議員ではなく、届出をまつて議員としての資格を取得するものとしている。

したがつて、当選人が例外的に兼職を許容される可能性のある職にある場合に同法一〇三条一項を適用するについても、その兼職が許容されるか否かは、当選の告知の日現在において決すべく、同日において兼職が許容されていなければ同日限り当該職を辞したものとみなされたものとして処理すべきである。

(ロ) (繰上補充当選の場合)

公選法一〇三条二項の場合は、当該選挙に際し、予め被告総裁の承認があれば、既にその時点で議員との兼職禁止が解除され当該議員は「法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員……と兼ねることができない職に在るもの」に該当せず、同条項の適用の余地がないのであるから、原告の指摘するような確認手段はそもそも必要がないし、また、国鉄職員を辞職しない限り当選の効力が発生しないとか、議員の資格を取得できないという矛盾も生じない。

(ハ) (公選法一〇三条一項の法意)

国鉄職員の場合には、公選法一〇三条一項の前提とする経験則があてはまらない場合があるとしても、被告総裁の承認があることを期待し又は承認すべきであるとの考えに基づいて候補者となつた職員については、兼職を禁止された職と議員との併存を許さないという公選法の趣旨を貫くべきではないということにはならない。

(5) (自動失職説の不合理性)

(イ) (民間労働者との差別)

民間企業においても、市町村議会議員に就任することを直接又は間接の理由として懲戒解雇とすることは許されないが、通常解雇とすることは許されると解されている。また、公選法一〇三条による失職は法律上当然に生ずるもので、職員は立候補の際に当然予想できるものであるところ、被告はあらかじめ原告に対し、当選した場合には被告総裁の承認を得ることはできず、失職することとなる旨通知していたのであるから、解雇以上に不利益とされることはない。

(ロ) (他公社職員との不合理な差別)

日本電信電話公社職員については市町村議会議員との兼職が、日本専売公社職員については地方公共団体の議会議員との兼職が、いずれも法律上禁じられていないことは認める。日本専売公社職員は、国会法三九条の規定により国会議員との兼職が禁止されている。国鉄職員の地位が他公社職員の地位と比較して均衡を失するとの主張は争う。

そもそも、被告、日本電信電話公社及び日本専売公社がいわゆる三公社と総称されるとしても、その職務の内容、公共性等は一律ではないから、その職員に対する取扱いがすべて同一でなければならない理由はなく、その間で差が生じたとしてもそれは政策上の選択の問題である。現に、例えば、超過勤務を命ずる場合についての日鉄法三三条の規定と類似する規定は他の公社法にはないなど、その取扱いは必ずしも同一ではないのであつて、兼職の取扱いについてそれぞれ差があるとしても不合理な差別ではない。

(ハ) (承認制を採用したこととの矛盾)

被告が昭和五七年九月一三日総秘達第六六六号「公職との兼職に係る取扱いについて」の通達で、「昭和五七年一一月一日以降、新たに又は改選により、公職の議席を得た者に対しては兼職の承認は行わない。」とした措置は、被告のおかれている要員事情等の厳しい現状や臨時行政調査会の答申を初めとする世論に鑑みて当分の間を限りそのような取扱いをするというものであつて、もとより日鉄法二六条二項による被告総裁の承認制を無とするものではなく、また、いわゆる自動失職説がかかる被告の措置を可能にさせ許容させるという関係に立つものでもない。

(6) (被告の従来の解釈・運用)

兼職基準規程に原告主張のような規定のあること、日鉄法解説に原告主張のような記述があることは認めるが、被告における実際の解釈運用が被告総裁の不承認があつて初めて失職するとの見解に立つて行われていたとの主張は争う。

兼職基準規程は、兼職承認に関する被告内部の事務手続を定めたものに過ぎず、もとより公選法一〇三条一項及び日鉄法二六条二項の解釈を左右するものではないのみならず、被告における右規程の運用は、立候補した職員について事実上選挙前に承認するかしないかについて意思決定がなされていて立候補者も事前に承認されるか否かを了知しており、右規定で定める当選後の承認願と承認は、後日これを手続上明確にしておくものにしかすぎない。また、日鉄法解説は、日鉄法研究会の見解であつて被告の公式見解ではないことは明らかである。

被告は、その職員であつて市町村議会の議員となろうとする者については、事実上事前にその承認をするか否かを決定していたのであつて、議員に当選した時点で被告総裁の承認があるかどうかが明らかとなつているのである(事後の不承認ということは、ありえない。)。実際にも、立候補した職員について兼職を承認すべきか否かは職員が当選しなければ判断し得ない事項ではなく、その一方で、立候補した職員としてもあらかじめ当選の暁に自らが職員と兼任できるかどうかを承知していなければ将来の身分が不安定なままで選挙活動をせざるをえないという不利益を被るのであるから、職員にとつては、選挙前に、当選の際には兼職の承認を得られるか否かを承知しておくことの方がはるかに有利であつて、事前に条件付で承認をするという取扱いの方が職員の立場を十分尊重した考え方に立つているというべく、被告の兼職承認に関するこれまでの運用実態も右のような考え方を前提としてきたものである。従来、被告においては、承認の難しい職員については、選挙前に当該職員にその旨を告知しており(その旨の告知がない場合は、暗黙の承認があつたことになる。)、右職員はその時点で被告職員として留まるか、議員となるかを選択した上で選挙に臨んでいたのである。これまで、市町村議会議員選挙において公選法一〇三条一項によつて失職した被告職員はなかつたが、それは、右に述べたような事前の告知によつて立候補予定者が選挙前にいずれかを選択したことによるものなのである。

(二) 原告の主張(二)(不承認の違法性)について

(1) 被告が原告に対し、大宮工場新小岩車輛センター所長名による昭和五七年一二月四日付文書をもつて議員兼職を承認しない旨の通知を発したこと、原告が、同年一二月二〇日八千代市選挙管理委員会から当選人決定の告知を受けた後、すみやかに議員との兼職の承認願を大宮工場長宛提出したこと、被告が右承認願の受領を拒否したことは認める。

右兼職承認願の受領拒否は、既に承認のなかつたことが確定している者から承認願を提出されても応答のしようがないとの故にとられた措置であつて、およそ不承認の意思表示などと評価しうるものではない。

(2) (被告総裁の承認・不承認の基準)

日鉄法二六条二項は、昭和二八年第一六回国会参議院運輸委員会、昭和二九年第二〇回国会衆議院運輸委員会、同参議院運輸委員会などでの審議を経て昭和二九年一二月現行法どおりに改正されたのであるが、右改正案の審議に際して議員兼職と職務に与える影響などが質疑されたことはあるものの断片的な論議にとどまり、被告総裁の承認に関する具体的基準についてまで審議されてはいないのである。右改正の趣旨は、被告職員について、市議会議員との兼職を禁止していた従前の立法措置を改めることとしたものの、被告職員が無条件に市町村議会議員を兼職できるものとすることは被告の業務運営上妥当性を欠くこと等から、特に被告総裁の承認を得た者についてのみ兼職を認めることとし、その承認については被告総裁の裁量に委ねることとしたものである。もつとも、被告総裁が承認・不承認を全く恣意的に決定してよいということになるものではなく、法律によつて職員の身分に関する決定につき権限を付与された以上はその決定について合理的な裁量判断をすべきことは当然であるが、被告総裁は諸般の事情を考慮して承認をするか否かを決することができるのである。

(3) (本件兼職不承認の違法性)

被告が昭和五七年九月一三日総秘達第六六六号「公職との兼職に係る取扱いについて」の通達に基づき、原告に対し兼職を承認しないこととしたこと、原告は過去八年間にわたり八千代市議会議員の地位にあつたものであり、その間被告総裁が兼職の承認をしてきたこと、右兼職の承認は、昭和五五年一二月一日以降、同年一二月一一日付総秘達第七三九号(通達)により原則として一年の期間を限つてなされ、兼職業務の改善要請をする場合があることは認めるが、本件兼職不承認が違法である旨の主張は争う。

被告は、極めて逼迫した経営状態に置かれており、早急にその再建が図られるべく各種の方策がとられているところ、昭和五七年七月三〇日の臨時行政調査会第三次答申は、「国鉄の膨大な赤字はいずれ国民の負担となることから、国鉄経営の健全化を図ることは、今日、国家的急務である。」との認識の下に、緊急にとるべき措置として一一項目の提案をし、その一として、「兼職議員については、今後、認めないこと」を挙げている。この答申を受けて昭和五七年九月二四日に出された「日本国有鉄道の事業の再建を図るために当面緊急に講ずべき対策について」と題する閣議決定においても、国鉄経営の危機的状況に鑑み国鉄が取り組むべき緊急対策の一として、兼職議員の承認の見直しをして、兼職議員については当面認めないこととすべきことが掲げられている。このような被告の置かれている極めて厳しい経営状況下にあつては、前記昭和五七年九月一三日付総秘達第六六六号による取扱いの如く、今後当分の間、議員との兼職の承認は行わないとした被告の措置は、適切かつ妥当なものである。

二  予備的請求関係

1  請求原因

(一) 主位的請求原因(一)記載のとおり

(二) 主位的請求「本案前の答弁の理由」(一)記載のとおり

(三) (1) 被告総裁が原告に対し兼職を承認する旨の意思表示をしないことにより、仮に、原告が昭和五七年一二月二〇日限り被告の職員たる地位を失い、かつ、右地位の回復ができないとすれば、被告総裁は違法に兼職の承認をしない不作為により原告に対し後記損害を与えたものである。

(2) 不作為の違法性

主位的請求についての6原告主張(二)記載のとおり

(四) 損害

(1) 得べかりし利益 金五一八万一六八九円

原告は、昭和五七年一二月二〇日当時四八歳であり少なくとも五五歳までは勤務することができたところ、昭和六四年四月一日退職時に支払われるべき退職手当金はつぎのとおり金一六九七万六二三六円となり、右退職手当金について年五分の割合によるホフマン式係数を用いて中間利息を控除すると金一二五七万四九八九円となる。

退職手当の計算上の基礎基本給

昭和六四年四月一日現在の基本給+退職時特別昇給+昭和六四年四月の定昇分

25万9000円+1万1000円+4400円=27万4400円

支給率     勤続三五年(五六・二四二五か月分)

退職手当    27万4400円×56.2425×1.1=1697万6236円

中間利息の控除 1697万6236円×0.74074074=1257万4989円

被告は、昭和五七年一二月二〇日限り原告は被告職員の地位を失つたとして退職手当金七三九万三三〇〇円を供託した。前記退職手当金と右供託金との差額は金五一八万一六八九円となる。よつて、原告の得べかりし利益は右金五一八万一六八九円を下らない。

(2) 慰藉料 金三〇〇万円

原告は、被告総裁の前記違法な不承認により、およそ三〇年の長きに亘り勤続した被告職員としての地位を失つたのであつて、被告の右措置は実質上不当解雇に値するものである。これにより原告の蒙つた精神的苦痛はおよそ量りがたいが、慰藉料として少なくとも金三〇〇万円と評価される。

よつて、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として金八一八万一六八九円及びこれに対する原告が職を失つたものとして取り扱われた日の翌日である昭和五七年一二月二一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  本案前の答弁の理由

原告の予備的請求は、主位的請求に関する口頭弁論が終結を予定されていた昭和五九年九月五日の期日に追加的訴えの変更として申し立てられたものであるところ、その審理には今後更に相当の日数を要するものと予想されるが、従前の訴訟手続がすでに完結予定である等の事情のもとでの本件訴えの変更は、明らかに民事訴訟法二三二条一項但書の「著シク訴訟手続ヲ遅延セシムベキ場合」に当たり、不適法であるから却下されるべきである。

3  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の各事実は認める。

(二) 同(二)の事実は認める。

(三) 同(三)について

(1) (1)につき、被告総裁が違法に兼職の承認をしない不作為により原告に対し損害を与えたとの主張は争う。

(2) (2)につき、主位的請求についての7原告の主張に対する認否及び被告の反論(二)記載のとおり

(四) 同(四)につき、被告が原告の失職当時の退職手当金七三九万三三〇〇円を弁済のため供託したことは認めるが、その余は争う。

第三証拠<省略>

理由

第一主位的請求について

一  被告は日鉄法に基づいて設立された公共企業体であること、原告は、昭和二八年四月一日に被告に雇用され、昭和五七年一二月二〇日当時、大宮工場新小岩車両センターの工作検査係の職にあつて、月額二五万三六〇〇円の賃金を受けていた者であること、原告が、昭和五七年一二月一九日に実施された八千代市議会議員の選挙に立候補の届出をし、同年一二月二〇日、八千代市選挙管理委員会から当選人決定の告知を受けたこと及び被告が右同日以降、原告が被告職員たる地位を失つたものとして取り扱つていること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  被告は、原告が公選法一〇三条一項の規定により職を辞したものとみなされたため被告職員の地位を失つたとしたうえ、法律によつてみなされた効果は絶対的に発生するものであつて法律上これを覆す手段はおよそ存在しないのであるから、原告の被告職員たる地位が存在することの確認を求める請求は、裁判上実現不能な事項を求めるものであつて不適法である旨主張するのであるが、原告の主位的請求の趣旨第(一)項は、その主張された内容自体からこれを事実上又は法律上実現することができないもの、いいかえれば、法的効果として承認されえないものというわけではなく、被告の主張する公選法一〇三条一項により辞職したものとみなされるという法的効果なるものは、右条項が適用され、かつ、その効果が本案についての被告主張の如きものであることが認められた場合に、原告の右請求を理由なからしめる防御方法にすぎないというべきであるから、被告の前記主張は失当であり、本案についての検討を進めることとする。

三  公選法一〇三条一項による失職の効果について

1  当事者間に争いのない事実に、成立に争いのない甲第一号証、第三ないし第六号証、第七号証の一ないし五、第八号証の一ないし四、乙第一、第二号証及び第三号証の一、二(右甲各号証については、原本の存在についても争いがない。)並びに公知に属するところを総合すれば、次の各事実を認めることができる。

(一) 昭和二九年の改正前の日鉄法二六条二項によれば、町村議会議員を除き、地方公共団体の議会の議員は被告職員であることができないものとされていたが、昭和二八年七月二九日の第一六回国会参議院運輸委員会において、市議会議員についても被告職員との兼職を認めるべきである旨の改正案が議員提出され、翌日の同委員会において、市町村議会議員である者で被告総裁の承認を得たものについては兼職を認める旨の修正案が可決され、昭和二九年一二月三日の第二〇回国会衆議院運輸委員会の審議を経て、現行法どおりの改正(同条二項本文で、地方公共団体の議会の議員は被告職員であることができないとの規定を置きつつ、同項但書で、「市町村の議会の議員である者で総裁の承認を得たものについては、この限りでない。」と定めた。)が行われた。

(二) 被告は、昭和三九年一二月一〇日総秘達第三号をもつて「公職との兼職基準規程」を発し、被告職員が市町村議会議員選挙に立候補した場合は、すみやかに立候補届を所属長に提出すべく(兼職基準規程三条)、市町村議会議員に当選した職員のうち、兼職を希望する者は、直ちに所属長に兼職の承認願を提出して、その承認を受ける(兼職基準規程五条)という手続を定め、かつ、右承認願の提出を受けた所属長は、現場長その他これに準ずる一人一職の職にある者又は業務遂行に著しい支障があると認めたときは、その承認をしてはならない(兼職基準規程六条)旨を定めた。そして、被告職員で町議会議員に当選した者からの兼職承認願に対し、被告(所轄管理局長)からの正式文書による承認通知が数か月後になされた例が現実に存在した。

(三) 原告は、昭和四九年一二月二二日及び昭和五三年一二月一七日にそれぞれ実施された八千代市議会議員選挙に立候補して当選し、日鉄法二六条二項但書が定める被告総裁の兼職承認を受けて、昭和五〇年一月一五日から昭和五八年一月一四日までの間、二期にわたり、八千代市議会議員を兼職してきた。

(四) 被告は、昭和五一年四月七日付事務連絡により、兼職の承認の可否については、兼職願が提出された都度、総裁室秘書課長と合議をしたうえで決定することとし、さらに、昭和五五年一二月一一日総秘第七三九号(通達)により、昭和五五年一二月一日以降、兼職の承認は原則として一年を限つてなされることとし、公務を理由とする欠勤が頻回にわたるなどの業務支障があつた場合には、所属長は兼職業務の改善要請をし、改善の実があがらないときは承認期間を更新しない取扱いとされていたところ、原告は、前記八千代市議会議員に兼職中、右兼職業務の改善要請を受けたことはなかつた。

(五) 臨時行政調査会は、昭和五七年七月三〇日、行政改革に関する第三次答申を出し、国鉄に関しては、昭和三九年度に欠損を生じて以来、その経営は悪化の一途をたどり、今や国鉄の経営状況は危機的状況を通り越して破産状態にあり、国鉄の膨大な赤字はいずれ国民の負担となることから、国鉄経営の健全化を図ることは、今日、国家的急務であるとし、国鉄経営の健全化のためには、単なる現行公社制度の手直しとか、個別の合理化計画では実現できず、公社制度そのものを抜本的に改め、責任ある経営、効率的経営を行いうる仕組み(分割・民営化)を早急に導入する必要があるものとの基本的考え方の下に、新形態移行までの間緊急にとるべき措置として一一項目を列記し、その一項目として兼職議員については今後認めないこととすることを挙げた。右答申の趣旨に沿つて、昭和五七年九月二四日、「日本国有鉄道の再建を図るために当面緊急に講ずべき対策について」と題する閣議決定がなされ、緊急に講ずべき対策として掲げられた一〇項目のうちに「兼職議員については、当面認めないこととする。」ことが挙げられた。

被告は、このような経緯に鑑み、昭和五七年九月一三日総秘第六六六号「公職との兼職に係る取扱いについて」の通達を発し、昭和五七年一一月一日以降、新たに又は改選により、公職の議席を得た者に対しては兼職の承認は行わないこととした。

(六) 原告は、昭和五七年一二月一九日に実施された八千代市議会議員の選挙に立候補し、その旨の届出をしたところ、被告は、前記総秘第六六六号通達に基づき、原告に対し、大宮工場新小岩車両センター所長名による昭和五七年一二月一四日付文書をもつて議員兼職の承認はできず原告が右選挙に当選した場合には被告職員の地位を失う旨の通知をした。

(七) 原告は、昭和五七年一二月二〇日に八千代市選挙管理委員会から当選人決定の告知を受けた後、すみやかに議員との兼職承認願を大宮工場長宛提出したが、被告は、右承認願の受領を拒否し、右当選の告知を受けた当日限り原告が被告職員の地位を失つたものとして取り扱つている。

2  (一) ところで、公選法は、国又は地方公共団体の公務員について、原則として、その在職中、公職の候補者となることを禁止し(八九条一項本文)、公職の候補者となることができない公務員が公職の候補者として届出をし若しくは推薦届出をされたとき又は名簿による立候補の届出等により公職の候補者となつたときは、その届出の日に当該公務員たることを辞したものとみなし(九〇条)、他方、公職の候補者として届出若しくは推薦届出のあつた者又は参議院(比例代表選出)議員の選挙における名簿登載者が立候補制限を受けている公務員となつたときは、右公職の候補者又は名簿登載者の地位を失うとする(九一条)。また、当選人で法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員又は長と兼ねることができない職に在る者が当選の告知を受けたときは、その告知を受けた日にその職を辞したものとみなし(一〇三条一項)、他方、当選人の更正決定、繰上補充により当選人と定められた場合には、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会に対し、その告知を受けた日から五日以内にその職を辞した旨の届出をしないときは、その当選を失うとする(同条二項)。

公選法の右諸規定に照らせば、当該選挙にかかる公職と両立できない職にある者の取扱いについて、特定の公務員である場合には、公務員の地位利用による選挙運動等の不平等を排除し、公務員の職務遂行に支障なからしめ、更に、現職のまま漫然立候補し、当選を僥倖とし、落選すれば従前の資格を保持しようとするような候補者の乱立するのを抑制するという見地から、現職のまま候補者となつて選挙運動すること自体を禁止するとともに、立候補を制限されている公務員が在職中に立候補届出等をして公職選挙への参加意思を明確にした場合には、公務員の職を失うこととし、他方、公職の候補者が立候補の制限を受けている公務員となつた場合には、公職の候補者の地位を失うものとすることによつて、当該公務員又は当該公職の候補者の個別的な意思内容如何にかかわらず、公務員が現職のまま選挙運動をするという事態が発生することを厳重に防止しているものということができる。これに対し、立候補制限はないが各個の法律の規定により兼職禁止の職にある者の場合には、候補者となろうとする者はその当選を目的としているものであることも考慮して、当選の告知を受けたときは、当該当選人の個別的な意思内容如何にかかわらず、当該兼ねることのできない職を辞したものとみなすことによつて、選挙結果の維持を優先させようとするものであり、ただ、当選人の更正決定又は繰上補充の場合には、すでに選挙の期日後相当期間を経過している場合や、その間に兼職が禁止されている他の職に就任している場合等が考えられるため、選挙結果の維持を貫き一方的に当該兼職禁止の職を失わせることが実状に即せず妥当でない場合がありうるので、当該兼職禁止の職か当該選挙の当選人の身分かの何れかを本人の意思により選択させることとしたものということができる。

したがつて、公選法は、兼職禁止の職にある者についても、当該兼ねることができない職と公職の当選人との地位が、できる限り重ならないように配慮していることが明らかであり(一〇三条二項の規定により当選を失うこととなつた場合の繰上補充が、九七条一項によつて行われ、一一二条による繰上補充が行われるのではないことも、これを示している。なお、一〇三条一項も、昭和二九年の改正前は、「その当選の告知を受けた日から五日以内にその(兼職禁止の)職を辞した旨の届出をしないときは、その当選を失う。」と規定されていたが、改正により、現行法のように兼職禁止の趣旨が徹底されたものである。)、一国の組織、公序にかかわる右立法趣旨は重視されるべきである。

もつとも、前述の日鉄法の改正までは、兼職の可否を「承認」にかからせるという実定法が存在しなかつたのであり、公選法一〇三条一項の規定は、そのような状況下での立法であるところ、日鉄法の右改正の結果、公選法の右規定の解釈に何らかの影響が及ぶかどうかは、次に検討する。

(二) 前述のとおり、日鉄法二六条二項本文は、被告職員は地方公共団体の議会の議員と兼職することができないとの原則を掲げ、同項但書において総裁の承認を得たものは市町村議会の議員と兼職しうる旨の例外を規定しているのであるから、被告職員で市議会議員の当選の告知を受けた者が兼職を認められるためには、右の総裁の承認を得たことを主張立証すべきであるというのが、被告の職員たる身分を規律する実体法の定めである。

そして、前記公選法一〇三条一項の趣旨からしても、当選の告知の時点において総裁の承認を得ているかどうかによつて被告職員を辞職したとみなすかどうか(承認を得ていなければ辞職したとみなすことになる。)が決せられるのであるから、日鉄法二六条二項及び公選法一〇三条一項の各規定からすると、被告職員は、市議会議員の当選の告知前に総裁の承認を得ていない限り、その職を失うというのが大原則であると解する外はない。市議会議員に立候補したときはその旨を所属長に届け出ることとする被告の前記取扱いからしても、当選の告知前に(停止条件付で)承認を与えることは可能であるし、当選後に兼職承認願を提出させるという兼職基準規程の手続が当選前における承認を前提としていたものとする被告の説明も首肯できないものでもない。日鉄法二六条二項但書の市町村の議会の「議員である者で」との文言も、当選の告知前における承認を否定する趣旨と解さなければならないものではない。

(三) しかし、当裁判所は、更に、被告職員が市議会議員の当選の告知の時に総裁の承認を得ていなくとも、その時から合理的な期間内に総裁の兼職承認を得た場合には、公選法一〇三条一項のみなし辞職の規定は適用されない(換言すれば、公選法一〇三条一項の規定による失職の効果を争う者は、当選の告知の時又はその後の合理的期間内における総裁の承認の存在を主張立証すべきである。)と解する。

けだし、公選法は、日鉄法二六条二項の改正規定を正面からは予定していなかつたと解されるところ、同項但書に前記の「議員である者で」との文言が存在すること、被告のような大企業の場合に短期間で兼職承認を得ることが無理な場合も考えられるが、法は不可能を強いるものではないこと、被告の兼職基準規程の運用においても当選の相当期間後に兼職承認通知の書面が発せられていたこと等を併せ考察するときは、公選法一〇三条一項の解釈も、その趣旨に反しない限り、日鉄法二六条二項の改正によつて、それなりに変容を受けて然るべきものがあり、けつきよくにおいて兼職の承認があつた場合は、当選の告知の時に承認があつた場合と同視しうる旨、弾力的な解釈をしても、公選法の前記の趣旨に反することにはならないからである。そして、逆に、当選の告知後、相当期間内に総裁の承認がなかつた場合には、原則に戻つて、当選の告知の時に職を辞したとの効力の発生を覆すに由ないこととならざるをえない。本訴における被告の抗弁は、この趣旨の主張を包含していると解することができる。

(四) この点、原告は、公選法一〇三条一項による失職の効果発生は、被告総裁の適法な不承認を停止条件とする旨、縷々主張するが、いずれも独自の見解をいうものに外ならず、採用の限りではない。兼職基準規程が就業規則の実質を有するとして、被告と原告との労働契約が原告主張の内容のものとなつている旨の主張も、同断である。

もつとも、労使関係について、憲法の労働基本権や労働基準法その他の労働関係法が尊重されねばならないことは、いうまでもないところで、国鉄における労使関係においても同様である。国鉄等の公社職員が地方議会の議員として活躍することは、地方公共団体の立場からしても望ましい事柄であろう。したがつて、被告総裁が日鉄法二六条二項但書により被告職員と市議会議員との兼職を承認するかどうかについても、労働基準法等の立法趣旨を尊重しつつ慎重に判断することが望ましいところであり、兼職基準規程もそのような趣旨で立案、発出されたものと考えられるのである。しかし、そうだからといつて、日鉄法と公選法との関係を原告の前記主張のように捉え、かつ、被告総裁が、業務遂行に著しい支障がない限り兼職承認をするべき義務を負うとまで解することは、同法条の立法趣旨を逸脱した解釈といわざるをえない。現行法上は、被告総裁の兼職承認の可否判断を羈束するような条項は何もなく、その判断は総裁の自由な裁量に委ねられていると見るほかなく、その判断にあたつては、社会情勢一般や被告の経営状態等をも広く斟酌することも許されることとなろう。

(五) いずれにせよ、本件において、原告が八千代市選挙管理委員会から当選人決定の告知を受けた昭和五七年一二月二〇日又はこれに続く合理的期間内に、原告が被告総裁から兼職の承認を受けた事実はないのであるから、右同日をもつて原告が被告職員の地位を失つたとする被告の抗弁は理由があり、原告の主位的請求は、いずれも理由がないことに帰する。

第二予備的請求について

一  原告は、当裁判所が、主位的請求についての審理が終結に熟し口頭弁論の終結を予定していた昭和五九年九月五日の第六回口頭弁論期日の直前に至つて、訴え変更申立書を提出して予備的請求を追加したが、訴えの変更は、口頭弁論の終結に至るまでは、いつでもすることができるものの、それが著しく訴訟手続を遅滞させる場合は許されないものとされており、本訴において被告もこれを指摘し、原告による右訴えの変更を許さないこととするよう求めている。

しかし、原告が予備的請求の請求原因として主張するところは、被告総裁が、一定の場合を除いて、被告職員の市議会議員との兼職を承認する義務があるとの、主位的請求におけると同一の主張を前提として、原告に対する本件兼職不承認が違法であるというにある。したがつて、右の主張の当否は、主位的請求原因について判示したところと同一の理由によつて判断することが可能と考えられるので、原告の訴えの変更を許したうえ、その当否について検討する。

そうして、市議会議員の選挙に立候補して当選した原告につき、被告職員との兼職を承認するかどうかは、被告総裁の自由裁量に委ねられており(その裁量判断にあたり、被告の経営状態や社会情勢等も広く斟酌することが許される。)、一定の場合に被告総裁に承認義務があると解すべきではないことは、既に判示したとおりである。したがつて、被告総裁に右承認義務があることを前提とする予備的請求も、理由がないことが明らかである(なお、原告の主張に、被告総裁が右の裁量の範囲を越え裁量権を濫用した旨の主張が含まれているとしても、前認定のような被告の置かれた著しく切迫した緊急な事態のもとにおいては、被告総裁が職員一般に対し地方議会の議員との兼職を承認しないとの原則を打ち出して対処しようとすることは、あながち不合理であるとは言い難いものがあり、かような一般的取扱方針を周知させる手段をとつた外、立候補をした時点で原告に対し個別の通知をも行つたとの前認定事実をも併せ考察するときは、本件兼職不承認が被告総裁の裁量権の濫用に当たるとは解し難い。)。

第三結論

以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 友納治夫 河村吉晃 濱本光一)

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